Japan Through Time

新潟県 · 縄文時代中期

Flame-Style Pottery: The Shape of the Jōmon

火焔型土器―縄文の造形

約5,000年前、新潟の信濃川のほとりで、口縁が炎のように立ち上がる土器が作られた。その形の特徴、使い道をめぐる見方の違い、そして今日の評価をたどる。

約6分 · 出典 8件

オレンジ色の展示台に置かれた火焔型の土器。口縁には渦を巻くように立ち上がる突起とギザギザの飾りが並び、胴には渦巻く隆起線の文様がびっしりと施されている
東京国立博物館に展示された縄文時代の火焔型土器(2013年撮影)。Daderot, 2013-09-02 · Wikimedia Commons · Creative Commons CC0 1.0 Universal Public Domain Dedication · 出典 · 縮小して掲載

今から約5,000年前の縄文時代中期、現在の新潟県を流れる信濃川のほとりで、口縁に大きく立ち上がる突起をもつ土器が作られた。十日町市によれば、「火焔型土器」という名前は、この突起が燃え盛る炎のように見えることから付けられた。

今ではその一群が国宝に指定され、信濃川沿いのいくつもの市町が共同で語る日本遺産のストーリーの中心にもなっている。この記事では、名前の由来、形の特徴、使い道をめぐる研究者の見方、そして今日どのように評価されているかを見ていく。

1936年に見つかった1個の土器

名前の始まりは、ある1個の土器である。観光庁の多言語解説文(長岡市の馬高縄文館の展示解説)によれば、この地域の火焔土器の最初の例は、1936年に馬高遺跡で発見された。

のちに考古学者の中村孝三郎がこの土器を「火焔型A式1号」と分類し、新潟だけでなく全国の同じような土器を考えるときの基準となった。信濃川流域の自治体でつくる信濃川火焔街道連携協議会は、「火焔土器」とは馬高遺跡で最初に見つかった1個の土器の愛称であり、ほかの似た土器は「火焔型土器」と呼んで区別していると説明している。

馬高遺跡は信濃川の左岸にある。隣の三十稲場遺跡とあわせて、1979年に国の史跡に指定された。馬高遺跡は縄文時代中期、約5,500年前から4,500年前のものである。

形を読む

火焔型土器のいちばんの特徴は口縁である。館の解説は、縁に並ぶ4つの大きな突起とギザギザの縁を挙げ、協議会は「鶏冠状把手」と「鋸歯状突起」と呼んでいる。

よく似た「王冠型」の土器もあり、こちらは短冊状の突起をもつ(英語の解説は山の峰のような突起と表現している)。どちらも深鉢が一般的だが、馬高遺跡からは浅鉢の火焔型という珍しい例も出土している。

十日町市博物館は、「火焔型土器」「王冠型土器」は信濃川流域に特有のスタイルの名前だと説明している。これまでに見つかった火焔型・王冠型の土器は、ほとんどが深鉢(横幅より高さのほうが大きい鉢)である。

独立行政法人国立文化財機構の文化財活用センターは、東京国立博物館が所蔵する火焔型の深鉢について、器面のほぼ全体が装飾で覆われていると紹介している。把手はニワトリのとさかにも似ているという。

形は時代とともに変わった。馬高縄文館の解説によれば、長岡の遺跡では3段階、あるいは4段階の変化が見られる。初期の土器は寸胴でくびれがはっきりせず、縁の飾りも大きくない。

馬高遺跡や岩野原遺跡から出土した後の時期のものでは、胴がくびれ、飾りのある縁が外側へ大きく広がる。解説は、約5,000年前に現れた火焔土器が、しばらくの間栄えたとしている。

どこで見つかるのか

馬高縄文館の解説によると、新潟県内で火焔土器が見つかった遺跡は150か所にのぼる。その多くは信濃川の中流・上流域(長岡市・十日町市・津南町)に集まっているが、ほかの川沿いにも遺跡があり、日本海側や佐渡島の周辺にまで及んでいる。

県の西部の発掘調査では、出土例は比較的少ない。日本遺産のストーリーは、火焔型土器はほぼ新潟県域にしかなく、その本場は信濃川流域だと述べている。

同じストーリーによれば、信濃川流域では縄文時代中期の遺跡が400か所以上見つかっている。ストーリーはここから、この地域のムラの規模と密集度が日本有数だったと説明している。

土器はほかの地域とのつながりも示している。十日町市博物館によれば、笹山遺跡の深鉢形土器57点の中には、東北・北陸・中部高地・関東地方などの影響を受けた形や文様のものがある。博物館は、これらを火焔型土器の誕生や、笹山遺跡に暮らした人びとと他地域との交流を解き明かすうえで貴重な資料としている。

煮炊きの道具か、観念を表す器か

解釈が分かれる

これほど飾りの多い土器は、何に使われたのだろうか。この記事で確認した資料の間でも、答えは一つではない。

解釈が分かれる

文化財活用センターは、装飾の多さから祭祀に使われたとする説もあったと紹介する。そのうえで、煮炊きや火を受けた跡が見られることから、紹介している深鉢は木の実や果実、肉を調理するのに使われたと、現在では考えられているとしている。

解釈が分かれる

馬高縄文館の解説も、火焔型・王冠型の土器に煤の跡があり、煮炊きに使われていたことを裏付けるとしている。一方で日本語の解説は、火焔型や王冠型は生活に使う土器全体の1割程度であることから、祭祀などに使われたと推定されているとも述べている。

解釈が分かれる

同じ解説は、火焔型土器が飾りのない土器と同じ状態で見つかっていること、特定の場所に置かれたり埋められたりした例がほとんどないことに注意を促している。

解釈が分かれる

日本遺産のストーリーは別の見方をとる。大きな突起は煮炊きする具の出し入れにかえって邪魔になるため、現実の用途にかなった器ではなく、縄文人の世界観から生まれた観念を表現した器だという。ただし、同じストーリーは、火焔型土器に鮭を煮炊きしたと思われる焦げ跡が残っていることにも触れている。

今、どのように評価されているか

もっともよく知られた一群は、十日町市の笹山遺跡から出土したものである。市営野球場や陸上競技場などの建設に伴い、1980年から1985年にかけて7回の発掘調査が行われ、縄文時代中期の集落跡が見つかった。

1999年6月7日、その出土品が国宝に指定された。十日町市によれば、新潟県内で初めての国宝であり、縄文土器としても初めての指定だった。

指定されたのは深鉢形土器57点で、その中に火焔型土器14点と王冠型土器3点が含まれる。これに付属として871点(土器・土製品、石器・石製品、ベンガラの塊)が加わり、全部で928点になる。

十日町市博物館によれば、指定番号1の火焔型土器は、そのプロポーションと残りのよさから「縄文土器の白眉」と称されている。1992年にワシントンD.C.のアーサー・M・サックラー美術館、1998年にパリの日本文化会館、2001年にロンドンの大英博物館での展覧会にも出品された。

十日町市の英語のサイトは、この土器が日本美術の源流として国際的に高く評価されていると紹介している。長岡市では、元祖の「火焔土器」を含む「馬高遺跡出土品」300点が国の重要文化財に指定されている。

芸術家の岡本太郎は、火焔型土器を見て「なんだ、コレは!」と叫んだという。

この言葉は、火焔型土器と雪国の文化をテーマにした日本遺産のストーリーの題名の冒頭に使われている。文化庁は2016年、新潟市・三条市・長岡市・十日町市・津南町の申請によるこのストーリーを日本遺産に認定し、2017年には魚沼市が加わった。

ストーリーは、縄文文化を日本文化の源流とし、その意味で火焔型土器は浮世絵や歌舞伎とともに日本文化そのものだとまで述べている。また、火焔型土器のモニュメントが信濃川流域に数多くあることにも触れている。

火焔型土器を見に行く

長岡市の馬高縄文館は、国の史跡「馬高・三十稲場遺跡」に建つ博物館である。元祖「火焔土器」をはじめとする馬高遺跡の出土品を展示し、縄文のムラとくらしについても紹介している。

十日町市博物館では、笹山遺跡出土の国宝の火焔型土器を展示している。十日町市は、出かける前に展示の日程を確かめるよう呼びかけている。

信濃川火焔街道連携協議会が紹介するように、流域のほかの博物館や資料館でも火焔型土器を見ることができる。開館日や時間は変わることがあるため、訪れる前に各館の公式サイトで確認してほしい。

出典

  1. 【国宝】新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器(火焔型土器)Tokamachi City
  2. Tokamachi City OverviewTokamachi City
  3. 新潟県笹山遺跡出土深鉢形土器十日町市博物館
  4. Umataka Jomon Museum Captions(馬高縄文館 展示解説)Japan Tourism Agency (観光庁 地域観光資源の多言語解説文データベース)
  5. 「なんだ、コレは!」 信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化(STORY #026)文化庁 日本遺産ポータルサイト
  6. Deep Bowl with Flame-like Ornamentation (cultural property reproduction record)National Center for the Promotion of Cultural Properties
  7. 日本遺産 火焔型土器 –「なんだ、コレは!」信濃川流域の火焔型土器と雪国の文化(トップページ・火焔型土器とは?)Shinano River Flame Highway Council
  8. 馬高縄文館(火焔型土器のある博物館)Shinano River Flame Highway Council