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福島県 · 現代

Fukushima's Compound Disaster and Its Memory, 2011 Onward

福島の複合災害と記憶―2011年から

2011年、福島県を地震・津波・原子力事故、そして長い避難が同時に襲った。犠牲者の数え方、避難した人びと、放射線と健康についての科学的な評価、そして記憶の伝え方を、分けてたどる。

約7分 · 出典 15件

青空の下の双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館。淡い灰色の建物で、入口に長いひさしがあり、日本語と英語で館名を書いた白い看板、舗装された前庭と駐車場が見える
双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館(2025年5月撮影)。ブルーノ・プラス, 2025-05 · Wikimedia Commons · Creative Commons Attribution 4.0 International · 出典 · 縮小して掲載

2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の地震が発生した。この地震による災害と、それに伴う原子力発電所の事故による災害は、「東日本大震災」と呼ばれることになった。

福島県は、揺れ、津波、重大な原子力事故、そして多くの人にとって何年も続いた避難を、同時に経験した。この記事では、それらを分けて見ていく。誰が亡くなり、その数がどう数えられているのか。

誰がどれだけの間避難したのか。放射線と健康について国際的な科学機関は何と述べているのか。そして、県はこの経験をどのように記録し伝えているのか。

地震と津波

福島県の10年記録誌によれば、県内11市町村で最大震度6強を記録し、広い範囲に大津波が押し寄せた。県の伝承館によれば、相馬市では高さ9.3m以上の津波が観測された。

犠牲は津波によるものだけではなかった。須賀川市では藤沼湖が決壊して8人が亡くなり、白河市葉ノ木平地区では約75,000㎥の土砂が崩れて13人が亡くなった。

福島第一原子力発電所の事故

地震が起きたとき、福島第一原子力発電所では1〜3号機が運転中で、4〜6号機は計画停止中だった。続いて押し寄せた津波により、1〜5号機はすべての交流電源を失った(全交流電源喪失)。

国際原子力機関(IAEA)によれば、原子炉をほぼ制御できなくなった結果、1〜3号機の原子炉が深刻な損傷を受け、これらから相当な量の放射性物質が放出された。1号機・3号機・4号機では水素爆発が起きた。

原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、この事故を1986年のチェルノブイリ事故以来最大の民間の原子力災害としている。

政府は3月11日19時3分に原子力緊急事態宣言を出した。同じ日のうちに、発電所から半径3km圏内に避難指示、10km圏内に屋内退避指示が出された。翌12日18時25分には避難指示が20km圏内に広げられ、15日には20〜30km圏内に屋内退避指示が出された。

4月には、20km圏の周辺で年間の積算線量が20ミリシーベルトに達するおそれのある区域が計画的避難区域とされ、21日には20km圏内が、原則として立ち入りを禁じる警戒区域に設定された。

避難そのものにも危険があった。IAEAの報告書は、20km圏内の病院や介護施設から患者を避難させる際に大きな困難があったと指摘している。

事故の原因について、IAEAの事務局長は2015年、大きな要因の一つは、日本の原子力発電所は十分に安全で、これほどの規模の事故は考えられないという思い込みが日本で広く共有されていたことだと書いている。事務局長によれば、この思い込みは事業者に受け入れられ、規制当局も政府も疑問を投げかけなかった。

事務局長は、規制・設計・緊急時の備えの弱さも指摘し、日本がその後、規制の仕組みを改めたことにも触れている。

犠牲者をどう数えるか

福島県の犠牲者は、いくつかの区分で数えられており、その違いは重要である。県の被害状況即報によれば、2026年8月1日現在、直接死は1,605人、関連死は2,351人である。

これに、遺体は見つかっていないが死亡届などが出されている226人を加えると、死者は合計4,182人になる。

内閣府は、災害関連死を、災害による負傷の悪化や、避難生活などでの身体的な負担による病気で亡くなり、災害弔慰金の支給等に関する法律(1973年)にもとづいて災害が原因の死と認められたもの、と定義している。

県の10年記録誌は、関連死を、避難生活での体調の変化や過労など、間接的な原因による死と説明している。

復興庁の集計(2025年12月31日現在)では、東日本大震災による全国の関連死は3,810人で、そのうち福島県が2,350人だった。2,350人のうち2,112人は66歳以上の人だった。

この数字によれば、全国の関連死の半分以上を福島県が占めている。なお、全国の数には2011年3月12日の長野県北部の地震による死者も含まれ、復興庁の2,350人と県の2,351人は、集計の時点が違う数である。

伝承館は、福島の関連死を原発事故に伴う避難生活と結びつけて説明し、その多さが、福島が経験した複合災害の過酷さを物語っているとしている。

避難と帰還

県の10年記録誌によれば、県内外への避難者は2012年5月の16万4,865人が最も多かった。2026年8月1日現在、県が把握している避難者は22,373人で、内訳は県内3,899人、県外18,469人、避難先不明5人である。

県内の避難者については、仮設住宅や親戚・知人宅などに身を寄せている人を数え、自分で住宅を取得した人や復興公営住宅などに入居した人は含めていない。このため、数が減ったことが、それだけで人びとが元の家に戻ったことを意味するわけではない。

避難指示は段階的に解除された。復興庁の記録によれば、2014年4月1日の田村市に始まり、2020年3月4日の双葉町での解除をもって、帰還困難区域を除くすべての地域で避難指示が解除された。

2022年6月と8月には、葛尾村・大熊町・双葉町の特定復興再生拠点区域の全域で避難指示が解除され、帰還困難区域の一部で初めて住民が戻れるようになった。

県によれば、県土に占める避難指示等区域の面積は、2011年4月の約12%から、2020年3月には約2.4%に縮小した。

戻らないと答える人も多い。復興庁によれば、避難指示の解除が遅れた自治体の住民意向調査では、「戻っている」「戻りたい」が1〜3割、「まだ判断がつかない」が1〜2割、「戻らない」が5〜6割となっている。

10年記録誌(2021年)によれば、県の支援には、応急仮設住宅や復興公営住宅のほか、県内6か所の「心のケアセンター」や、県外で暮らす人のための全国26か所の「生活再建支援拠点」があった。

放射線と健康

国際的な科学機関は、事故による放射線の健康への影響を評価してきた。IAEAは2015年、作業員や一般の人びとの中に、事故によるとみられる放射線の早期の健康影響は見られなかったと報告した。

UNSCEARの2020/2021年報告書は、2019年末までに公表された科学的な情報をまとめたものである。2021年3月の発表で委員会の議長は、2013年報告書以降、事故による放射線被ばくに直接起因するとみられる健康への悪影響は、福島の住民の間で記録されていないと述べた。

委員会は、放射線被ばくに直接関係する将来の健康影響は、見分けられるほどには現れないとみている。また、避難によって住民の被ばくが避けられた、あるいは大きく減ったとしている。

事故の後、最も大きな懸念は甲状腺がんだった。被ばくした子どもたちの間で、多くの甲状腺がんが見つかっている。UNSCEARは、入手できる証拠を総合すると、予想より大きいこの増加は、感度の高い超音波検査によるものであり、放射線被ばくによるものではないと考えている。

環境省によれば、福島県「県民健康調査」の甲状腺検査評価部会も2023年7月、先行検査から検査4回目までにおいて、甲状腺がんと放射線被ばくの間の関連は認められないとの所見を示した。

これらは放射線についての評価である。UNSCEARは、避難した人びとの間で心臓・血管の病気や代謝の病気が増えており、それはおそらく放射線ではなく、生活や社会の変化に関係していること、また災害の後に強い心理的な苦痛が生じたことも報告している。一方で、心の健康や経済的な影響は委員会の任務の外にあり、報告書では扱っていない。

IAEAも、福島県の健康調査をもとに、弱い立場にある一部の人びとの間で不安や心的外傷後ストレス障害が増えたことを指摘している。

記録を残す

震災から10年の節目に、福島県は記録誌『東日本大震災・原子力災害 10年の記録』を発行した。震災の記録と記憶、そして県民の思いを受け継ぐためである。

伝承館は、影響が今も続いていることを強調している。事故を起こした福島第一原発の廃炉や、除染で出た土壌の県外での最終処分は、終わりの見えない課題だとしている。

東日本大震災・原子力災害伝承館を訪ねる

東日本大震災・原子力災害伝承館は、福島県双葉町にある県立の施設で、2020年9月20日に開館した。複合災害の実態と復興への歩みを展示し、被災した住民による語り部講話を1日4回行っている。

館内のWi-Fiにつなぐと、展示の説明文のほぼすべてを英語などで読める無料のガイドを利用できる。双葉駅からは約2kmである。開館時間や休館日は、訪れる前に公式サイトで確認してほしい。

出典

  1. 東日本大震災 ~東北地方太平洋沖地震~ 関連ポータルサイトJapan Meteorological Agency
  2. 平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震Japan Meteorological Agency
  3. The Fukushima Daiichi Accident: Report by the Director GeneralInternational Atomic Energy Agency
  4. 東電福島第一原子力発電所事故UNSCEAR
  5. A decade after the Fukushima accident: Radiation-linked increases in cancer rates not expected to be seenUnited Nations Information Service Vienna (UNSCEAR press release)
  6. Levels and effects of radiation exposure due to the accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station: implications of information published since the UNSCEAR 2013 Report (brochure on the UNSCEAR 2020/2021 Report)United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation (UNSCEAR)
  7. 原子力災害からの復興Reconstruction Agency
  8. 災害関連死の定義(令和元年度資料8)Cabinet Office
  9. 東日本大震災における震災関連死の死者数(令和7年12月31日現在調査結果)復興庁・内閣府(防災担当)・消防庁
  10. 平成23年東北地方太平洋沖地震による被害状況即報(第1805報)Fukushima Prefecture (福島県災害対策本部)
  11. 東日本大震災・原子力災害 10年の記録(復興・再生の記録 01 福島県の被害状況/02 避難状況/03 帰還環境の整備)Fukushima Prefecture
  12. 避難者数の推移Fukushima Prefecture
  13. 東日本大震災・原子力災害10年記録誌Fukushima Prefecture
  14. 甲状腺検査 先行検査から本格検査(検査4回目)までの結果に対する評価の概要(放射線による健康影響等に関する統一的な基礎資料 令和7年度版)Ministry of the Environment
  15. 当館について – 東日本大震災・原子力災害伝承館Great East Japan Earthquake and Nuclear Disaster Memorial Museum