2010年7月19日から10月31日まで、瀬戸内海の七つの島と高松港の周辺で、現代アートの祭典が初めて開かれた。会場は直島・豊島・女木島・男木島・小豆島・大島・犬島で、テーマは「海の復権」であった。
芸術祭はその後3年ごとに開かれ、2025年が6回目となった。この記事では、第1回の瀬戸内国際芸術祭がどのように生まれ、105日間の会期に何があったのか、そして会場の島々を今どのように訪ねられるのかを紹介する。
芸術祭の前に―直島のアート
現代アートは、2010年よりずっと前から島々に来ていた。ベネッセアートサイト直島によれば、その活動は二つの願いが重なったところから始まった。瀬戸内海の島に世界中の子どもたちが集える場をつくりたいという、福武書店(当時)の創業社長福武哲彦の思いと、直島に教育的な文化エリアを開発したいという、当時の直島町長三宅親連の夢である。
1992年に直島でベネッセハウスが開館し、1998年には「家プロジェクト」が始まった。2004年には地中美術館が、2008年には犬島に犬島精錬所美術館が開館した。
芸術祭そのものは、いくつかの提案から生まれた。実行委員会の2010年の総括報告によれば、2004年度に香川県の若手職員による政策研究が「アートアイランド・トリエンナーレ」の開催を提言した。2005年3月には直島福武美術館財団が、5年ごとに複数の島々を会場とする文化芸術イベントを提唱する構想を発表した。
2006年度には、香川県が直島と高松・小豆島・丸亀・坂出を結ぶ航路便「アートシャトル」を試験的に運航した。実行委員会が設立されたのは2008年4月である。
第1回の芸術祭(2010年)
実行委員会の会長は香川県知事が務めた。総合プロデューサーは直島福武美術館財団理事長の福武總一郎、総合ディレクターは女子美術大学教授の北川フラムである。
総括報告によれば、18の国と地域から75組のアーティスト・プロジェクトと、16のイベントが参加した。作品の一部は、会期が終わった後も公開が続けられた。
この年には新しい美術館も開いた。直島の李禹煥美術館が2010年6月に、豊島美術館が会期中の10月に開館している。
主催者は当初、30万人の来場を見込んでいた。この数には9月5日、会期49日目に達し、最終的な来場者数は見込みの3倍を超える938,246人となった。
総括報告は、この数が人の頭数ではないと説明している。各島に設けた基準となる施設で来場者を数え、島ごとの数を足し合わせたものである。たとえば1人が2泊3日で3つの島を訪れると、3人として数えられる。
島別では、既存の施設が多く知名度も高い直島が全体の約31%を占め、豊島が約19%で続いた。報告は、30歳代までの女性の割合が目立ち、東京・大阪などの都会からの来場が多かったとしている。来場者はすべての都道府県から訪れ、関東・関西が約4割、香川・岡山が約4割であった。
芸術祭の運営は、「こえび隊」と呼ばれるボランティアサポーターにも支えられた。2010年11月1日の時点で、登録した人は2,606人にのぼる。
島の人々の声
会期が終わると、実行委員会はすべての島の自治会などと意見交換会を開いた。総括報告によれば、どの島でも芸術祭を好意的に評価する声が大多数だったが、海上交通の課題や、島の経済をどう活性化するかについての意見もあった。
男木島では、自治会が当番制で交流館に「たこめし」を出した。報告には、105日間続けるのは大変だったが、蛸を獲る人、作る人、売る人の皆が協力したから成功した、という声が記されている。
105日間は長かったという声も、いくつもの島から出た。作品が置かれた地区の島民を対象にしたアンケート(513人が回答)では、88%が自分の地区に作品が設置されて良かったと答え、82%が芸術祭は地域の活性化に役立ったと答えた。
一方で、20%が来場者のマナーは良くなかったと答え、33%が芸術祭の開催で日常生活に迷惑などを感じたと答えている。総合的な評価では、94%が今回の芸術祭は成功だったとした。
歴史を抱える島々
芸術祭の公式サイトは、瀬戸内海を豊かな交流の海として描く。同時に、近代以降、工業開発による公害や産業廃棄物によって環境の衰退を余儀なくされ、島々の人口は減り、高齢化が進んだとも記している。芸術祭は島々に活力を取り戻すことを目指しており、主催者は「島のおじいさんおばあさんの笑顔を見たい」と書いている。
会場のうち二つの島には、特別な歴史がある。環境省によれば、豊島では昭和50年代後半から1990年にかけて、廃棄物処理業者が許可の範囲を超えて大量の産業廃棄物を運び込み、野焼きや不法投棄を続けた。
住民は1993年に公害調停を申請し、2000年に調停が成立した。公害等調整委員会によれば、約91万トンに及ぶ廃棄物などの搬出は2017年3月に完了し、隣の直島での処理も同じ年の6月に終わった。
香川県によれば、2018年1月と2月に、地下水の浄化対策の工事中に処分地で新たな廃棄物が見つかった。2018年1月以降に新たに見つかった廃棄物(処理量616トン)の搬出と処理は、2019年7月に完了した。
大島には、全国に13ある国立ハンセン病療養所の一つ、国立療養所大島青松園がある。1909年に中国・四国の8県が連合して設けた療養所として開設され、1941年に国の施設となった。
園の社会交流会館は、ここで多くのハンセン病患者が国の政策によって隔離生活を強いられたと記している。らい予防法は1996年に廃止された。
2001年5月25日、熊本地方裁判所のハンセン病国家賠償請求訴訟の判決に控訴しないと決めた内閣総理大臣は、閣議決定した談話で、かつての施設入所政策が多くの患者の人権を大きく制限したことを深刻に受け止め、患者・元患者が強いられてきた苦痛と苦難に対し、政府として深く反省し、率直におわびすると述べた。大島青松園は、2010年3月から芸術祭の実行委員会に加わっている。
会期後に実行委員会が大島で開いた意見交換会について、報告は二つの声を記している。大島には子どもがいないので、子ども連れの家族が大勢来てくれたことに感激した。そして、大勢の人にハンセン病の施設を知ってもらえたことが良かった、というものである。
訪れられる場所
芸術祭の公式サイトによれば、芸術祭の会期外も、島・エリアごとに開館日を設けて、定期的に作品を公開している。作品の公開スケジュールも公式サイトに載っている。
直島の地中美術館は安藤忠雄の設計で、クロード・モネ、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの作品が恒久的に設置されている。景観を損なわないよう、建物の大半は地下に埋められている。入館は日時指定の予約制である。
豊島の豊島美術館は、アーティストの内藤礼と建築家の西沢立衛によるもので、唐櫃の小高い丘に建つ。休耕田となっていた棚田を地元の人々とともによみがえらせ、その敷地に水滴のような形の建物が据えられた。
内部では、一日を通して「泉」が生まれる。入館は日時指定の予約制である。
岡山市に属する犬島の犬島精錬所美術館は、銅の製錬所の遺構を保存・再生した美術館である。製錬所は1909年に地元の資本で建てられたが、銅の価格の大暴落により、わずか10年で操業を終えた。美術館は12月から2月まで全日休館となる。
大島では、2019年4月に全面開館した園の社会交流会館に、3つの展示室と図書室がある。島へ渡る手段は高松港からの官有船だけで、社会交流会館の利用には事前の申し込みが必要である。
開館日や予約については、訪れる前にそれぞれの公式サイトで確かめてほしい。
出典
- 瀬戸内国際芸術祭2010 総括報告Setouchi Triennale Executive Committee (chaired by the Governor of Kagawa)
- 瀬戸内国際芸術祭とはSetouchi Triennale Executive Committee
- ベネッセアートサイト直島の歴史Benesse Art Site Naoshima (Fukutake Foundation / Benesse Holdings)
- 地中美術館Benesse Art Site Naoshima (Fukutake Foundation)
- 豊島美術館Benesse Art Site Naoshima (Fukutake Foundation)
- 犬島精錬所美術館Benesse Art Site Naoshima (Fukutake Foundation)
- 瀬戸内国際芸術祭 公式サイト(トップページ)Setouchi Triennale Executive Committee
- 公害紛争処理における調停機能の活用(豊島産業廃棄物水質汚濁被害等調停申請事件)Environmental Dispute Coordination Commission, Ministry of Internal Affairs and Communications
- 産廃特措法に基づき特定支障除去等事業を実施又は実施を予定している事案について(香川県豊島事案)Ministry of the Environment
- 園長挨拶(国立療養所大島青松園)National Sanatorium Ōshima Seishōen (Ministry of Health, Labour and Welfare)
- 概況(国立療養所大島青松園)National Sanatorium Ōshima Seishōen (Ministry of Health, Labour and Welfare)
- ハンセン病問題の早期かつ全面的解決に向けての内閣総理大臣談話(平成13年5月25日 閣議決定)Ministry of Health, Labour and Welfare
- 豊島廃棄物等処理事業報告書(第1編〜第3編)Kagawa Prefecture
- 大島青松園社会交流会館National Sanatorium Ōshima Seishōen Social Exchange Hall
- ご利用案内(大島青松園社会交流会館)National Sanatorium Ōshima Seishōen Social Exchange Hall
