Japan Through Time

岐阜県 · 富山県 · 江戸時代 · 現代

Shirakawa-go and Gokayama: Villages of Gasshō-Style Houses

白川郷・五箇山の合掌造り

岐阜と富山の境、雪深い庄川の谷の3つの集落には、養蚕や塩硝づくりとともに発達した大きな茅葺きの民家が残り、住民が暮らしながら力を合わせて守っている。

約6分 · 出典 15件

上から見た谷あいの集落。畑や木々の間に急な茅葺き屋根の家々が並び、背後には緑の山々と、遠くに雪の残る山が見える
荻町城跡の展望台から見た白川村荻町の集落(2022年5月撮影)。MaedaAkihiko, 2022-05-04 · Wikimedia Commons · Creative Commons Attribution-ShareAlike 4.0 International · 出典 · 縮小して掲載

岐阜県と富山県の境、庄川の険しい谷あいに、急な茅葺き屋根の大きな民家が並ぶ3つの集落がある。岐阜県白川村の荻町と、富山県南砺市五箇山の相倉・菅沼である。3集落は1995年12月、「白川郷・五箇山の合掌造り集落」として世界遺産一覧表に記載された。

3つの集落には、今も人が暮らしている。この記事では、合掌造りの家が山の暮らしからどのように生まれたのか、住民が屋根をどう守ってきたのか、そして集落がどのように保存されるようになったのかをたどる。

雪深い山あいの地

文化庁が示す世界遺産の価値の説明(OUVの言明)は、この地域を、険しい山に囲まれた谷にあって、長い間たどり着くのが難しい「秘境」とされてきた所としている。白川村によれば、村の面積の96%は森林で、農地は0.4%にすぎない。

雪は12月から3月まで降り、積雪はふつう2〜3メートル、最大で4.5メートルを記録した。村は、雪で周りとの行き来が絶たれることもあったため、白川郷が「陸の孤島」とも言われてきたと説明している。

村によれば、「白川郷」という名がはっきりと記録に現れるのは1176年ごろで、京都の貴族の日記に見える。文化庁によれば、白川郷は17世紀末から江戸幕府の直轄地だった。地元の観光協会が運営するサイトは、五箇山が江戸時代を通じて加賀藩の領地だったと記している。

養蚕と塩硝が生んだ家

観光協会のサイトによれば、この地には平らな土地が少なく、稲作はわずかだった。文化庁は、住民の多くが農業のほかに木の伐り出しや養蚕で暮らしを立て、蚕の世話は家の屋根裏で行われていたと説明している。

白川村は、合掌造りの初期の形が建てられ始めたのを、養蚕と火薬の生産が盛んになった1700年ごろとし、今見られる形になったのは1800年ごろとしている。村が国の保存地区について作った資料は、江戸時代中ごろから養蚕が盛んになり、焔硝(塩硝)の製造も行われるようになったことが、合掌造りの発達を促したといわれる、と書く。

塩硝は黒色火薬の原料である。観光協会のサイトによれば、塩硝は合掌造りの床下に掘った穴の中で作られ、そのため広い床面積が必要だった。

同じサイトは、これが大きな合掌造りを生んだ主な理由になったといわれる、と述べる。明治時代に安いチリ硝石が輸入されるようになると、塩硝づくりは行われなくなった。

荻町の和田家住宅は、こうした産業が富をもたらしたことを伝える。村によれば、和田家は代々名主を務めた荻町一の大地主だった。塩硝の生産と取引、そして1800年代後半からは養蚕で財をなした。

合掌造りの家のなか

「合掌」という名は、急な三角形の屋根が、手のひらを合わせた形に似ていることによるという。文化庁によれば、大きな屋根の下は3〜5階になっている。1階は広い居間で、2階より上は屋根裏の寝室や作業場だった。

1棟には数十人の大家族が住むのが一般的だった。村によれば、屋根裏は2〜4層に分けられ、蚕を育てるのに使われた。養蚕は20世紀の初めの数十年まで、白川郷の大切な産業だった。

屋根の骨組みには釘を使わない。白川村の説明では、木材は縄と、マンサクの若木で作る「ネソ」で縛り合わせる。

ネソは乾くと締まる。斜めの材が、風や地震による横揺れに耐えるように屋根を支えている。

白川郷の合掌造りの多くは、妻側(三角形の壁面)を南北に向けて建つ。谷沿いに吹く強い風を受けにくくするためでもある。急な屋根は、大雪が積もって家を傷めるのを防ぐ。

囲炉裏の煙と熱は屋根裏へ上っていく。村によれば、すすが木材を湿気や虫に強くし、熱は茅を乾いた状態に保つのに役立つ。

力を合わせて葺く――「結」

茅葺き屋根は傷むため、ふつう20〜30年ごとに葺き替える。村によれば、白川郷の葺き替えは昔から共同の作業で、多いときには200人もの村人が集まる。厳密なお互いさまを前提にしたこの助け合いの心を「結(ゆい)」という。

家の持ち主は、まず同じ「組」の近所の人たちに声をかける。だれが何をしたか――作業、茅、仕上げの宴に出す酒の本数まで――は「結帳」に書き留められた。残っている最も古い結帳は1792年のものである。

村によれば、2023年の時点で、葺き替えはふだん専門の職人が行っている。それでも村人は、技を次の世代に伝えるため、少なくとも年に一度、たいてい春か秋に「結」で屋根を葺く。村の2026年の資料は、地元の子どもたちも結の屋根葺きに加わっていると記している。

文化庁のOUVの言明も、住民による伝統的な助け合いによって茅葺き屋根がよく保たれてきたと述べている。

減少から保存へ

OUVの言明によれば、各集落の合掌造りは数を減らしている。南砺市によれば、白川郷を含むこの地域には、かつて少なくとも1,850棟の合掌造りがあったが、残っているのは200棟に満たない。

村によれば、日本の経済が大きくなり電力がますます必要になるなかで、庄川沿いにいくつものダムが造られた。ダムは白川郷に豊かさをもたらした一方で、景観やそれまでの暮らしを脅かすものとも受け止められた。1971年には、荻町の合掌造りは半分にまで減っていた。

この年、荻町の住民は「白川郷荻町集落の自然環境を守る会」をつくり、合掌造りを「売らない・貸さない・壊さない」という原則を打ち出した。荻町の全住民が会員で、毎月の会合で、家やその周りを変えたいという申請を検討している。

荻町は1976年9月4日、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた。村の2026年の資料によれば、選定から48年間の保存修理は263件にのぼる。

五箇山の相倉と菅沼は1970年に国の史跡となり、住民はそれぞれ1967年と1985年に保存のための会をつくった。両集落は1994年に重要伝統的建造物群保存地区にもなった。南砺市によれば、五箇山にはかつて合わせて1,500棟を超える合掌造りがあったが、今も合掌造りを中心とする景観を保っているのは相倉と菅沼だけである。

文化庁のOUVの言明は、登録の理由を2つの基準で説明している。集落が、環境や社会・経済の状況にふさわしく適応した伝統的な集落の顕著な例であること。そして、社会のしくみが集落の形に表れており、1950年以降の日本の急激な経済の変化のなかでも残されてきたことである。

最大の脅威は火災である。OUVの言明によれば、どの集落にも消火設備が張りめぐらされ、住民が消防団をつくっている。荻町の防災設備は60基の放水銃が中心で、菅沼と相倉でも2000年と2002年に放水銃などの設備が完成した。

白川郷・五箇山を訪ねる

3つの集落は訪れる人を迎えているが、同時に住民の暮らしの場でもある。白川村によれば、荻町には100を超える世帯があり、その多くが合掌造りに住んでいる。南砺市も、相倉と菅沼では今も合掌造りの家で暮らす人がいると記している。

荻町について、村の公式サイトは、住民のプライバシーへの配慮を求めている。私有地や畑に入ったり、戸を開けたり、窓からのぞいたりしないこと。ごみは持ち帰り、たばこは決められた場所だけで吸い、花火やたき火は決してしないこと、としている。

村は、多くの部屋と屋根裏が公開されている重要文化財の和田家住宅や、移築した25棟の建物からなる野外博物館「合掌造り民家園」も紹介している。

五箇山の公式観光サイトは、畑や軒下を含む私有地に入らないこと、住民の車に道を譲ること、早朝や日没後の訪問を控えることを呼びかけている。南砺市は、訪れる人のために駐車場や展望広場、公衆トイレを整えてきた。

開館時間や最新のルールは、出かける前に白川村と五箇山の公式サイトで確かめてほしい。

出典

  1. 白川郷・五箇山の合掌造り集落(文化遺産オンライン 世界遺産)Agency for Cultural Affairs (文化庁, 文化遺産オンライン)
  2. 白川郷・五箇山の合掌造り集落 顕著な普遍的価値(OUV)の言明Agency for Cultural Affairs (文化庁)
  3. 白川村荻町(岐阜県)重要伝統的建造物群保存地区 紹介資料Shirakawa Village (published by the Agency for Cultural Affairs)
  4. 南砺市相倉・南砺市菅沼(富山県)重要伝統的建造物群保存地区 紹介資料Nanto City (published by the Agency for Cultural Affairs)
  5. Gokayama – UNESCO World Heritage Sites(世界遺産 五箇山)Japan Tourism Agency (観光庁, 地域観光資源の多言語解説文データベース; text by Nanto City)
  6. What Kind of Place Is Shirakawa-go?Shirakawa Village
  7. Thatching Roofs and "Yui"Shirakawa Village (text from the Japan Tourism Agency multilingual commentary project)
  8. Ogimachi Historic DistrictShirakawa Village (text from the Japan Tourism Agency multilingual commentary project)
  9. Gassho-style HousesShirakawa Village (text from the Japan Tourism Agency multilingual commentary project)
  10. The Architecture of Gassho-style HousesShirakawa Village (text from the Japan Tourism Agency multilingual commentary project)
  11. For Those Visiting for the First TimeShirakawa Village
  12. Gasshozukuri Minkaen Outdoor MuseumShirakawa Village
  13. Wada HouseShirakawa Village
  14. 歴史・産業(白川郷・五箇山の合掌造り集落世界遺産センター)Shirakawa-go Tourist Association (白川郷観光協会; site footer "Copyright shirakawa-go.gr")
  15. Gokayama & World HeritageGokayama Tourist Information Center (五箇山総合案内所)