函館は北海道の南端にあり、津軽海峡をはさんで青森と向き合う。函館市は、函館を日本最初の貿易港の一つとして世界に開かれ、さまざまな外国の文化を取り入れながら、水産業や造船業を主な産業として発展してきたまちだと紹介している。
安政6年6月2日、グレゴリオ暦の1859年7月1日に、箱館は横浜・長崎とともに自由貿易の港として開かれた。この記事では、北の港が条約港になるまでの道のり、何が取引されたか、どんな人々が住むようになったか、そして開港が今の町並みにどう結び付いているかをたどる。
条約の前の港
函館市の年表は、1454年に河野政通がウスケシに館を築いたことから始まる。この館にちなんで、この地は「箱館」と呼ばれたとされる。
函館市の伝統的建造物群保存地区の説明によれば、函館は古くから天然の良港として知られ、海産物の交易の集散地として栄えてきた。1793年には、ロシアの使節ラクスマンがエカテリーナ号で箱館に入港している。
享和2年(1802年)2月(旧暦)、幕府は蝦夷地に奉行を置き、5月に箱館奉行と改めた。1821年には、この地は松前藩に戻された。
補給の港から自由貿易へ
1854年、幕府はアメリカのペリー提督と日米和親条約を結んだ。アメリカ艦隊の5隻が、港を調べるために箱館に入港した。この条約によって幕府は箱館と下田の開港を決め、乗組員の休養や物資の補給のために、外国船が箱館に入るようになった。
函館市中央図書館によれば、同じ1854年に幕府は再び箱館奉行を置いた。目的は、外国への対応、北の守り、蝦夷地の統治である。函館市の年表によれば、1855年に箱館港は外国船に食料や水を供給する港として開かれた。
和親条約のもとで認められたのは、外国船に必要な品を補給するための取引だけで、一般の交易ではなかった。しかし函館市史は、補給の範囲をこえる取引も始まっていたと書く。1857年(安政4年)の記録には、アメリカの商船2隻に醤油・米・豆・昆布・漆器などを渡した例があり、市史は補給のようには見えない交易だとしている。
1858年、幕府はアメリカ・オランダ・ロシア・イギリス・フランスの5か国と修好通商条約を結んだ。箱館・横浜・長崎が自由貿易の港と定められ、箱館は安政6年6月2日(1859年7月1日)に開港した。
昆布と運上所、そして取引の決まり
箱館奉行は、6月5日から「外国人交易」を許すという触書を出し、ロシア・フランス・イギリス・オランダ・アメリカとの商売は商人の自由だと示した。ところが6月29日付の触書では、外国商人と売り買いした品を、運上役所に書面で届けて調べを受けるよう求めた。
同じ触書は、蝦夷地の産物をこれまでどおり問屋と沖の口の決まりのもとに置き、煎海鼠(いりこ)や干鮑(ほしあわび)などは奉行所が直接扱う取引しか認めなかった。市史は、もともと国内での流通の決まりが厳しかった蝦夷地の産物の扱い方を、そのまま外国との貿易にも当てはめる体制が考えられていたとまとめている。
1859年の開港とともに、箱館運上所が置かれた。函館税関は、これを自分たちの始まりとしている。1869年に箱館が函館と改められたときに函館運上所と改称し、1872年には全国の運上所の呼び名が「税関」にそろえられた。
函館市史によれば、箱館の貿易の大部分は、昆布を中心とする北海道の海産物の輸出だった。輸出は輸入を大きく上回った。東北地方から運ばれた生糸や蚕種も輸出された。
輸入の規模は小さく、毛織物や木綿、艦船、鉄道用の鉄、日用品、米の不足した年の米など、品目はまちまちだった。市史に載る数字によれば、全国の貿易に占める箱館の割合は、開港の年の1859年を除くと2〜3パーセント以下だった。
領事と外国人の暮らし
函館に初めて住んだ外国人は、アメリカのライス(E. E. Rice)である。1857年に来て、大町の浄玄寺の境内に泊まった。和親条約には箱館に領事を置く決まりがなかったが、ライスは「コマーシャル・エージェント」という名目で送られてきた。
イギリスの初代領事ホジソンは1859年に着任し、仮の宿舎とした称名寺で仕事を始めた。最初の領事館は1864年に建てられたが、1866年に類焼し、その後も1879年と1907年に火災にあった。元町の今の建物は1913年に建てられた。
ロシアは1859年に領事館を置き、同じころ聖堂も建てられた。函館市史によれば、ハリストス正教の宣教師ニコライは1861年(文久元年)に箱館に来た。日本でキリスト教が認められるのは、禁制の高札が撤去された1873年2月24日のことである。
市史は、函館に領事を置いた国を16か国とし、そのうち14か国が幕末から明治の初めまでに領事を置いたと数える。ただし、自国の代表を置かず、ほかの国の領事に任せた国も多かった。住んでいたのは、主にイギリス・アメリカ・ロシアの領事館の関係者や商人、教会の関係者だった。
はじめは、外国人の居留地は決められていなかった。外国人は商人の家や蔵を借り、町の人々と混じって暮らした。1860年、箱館奉行は大町の海岸を埋め立てて外国人に貸す土地にすることを申し出て、このとき初めて「箱館表外国人居留地」という言い方をした。
それでも、市史のまとめによれば、居留外国人が実際に1か所に集まることはなかった。横浜や長崎に比べると貿易ははるかに振るわず、しっかりした外国人社会ができるまでには至らなかった。
二つに分かれた町
開港は、役所の場所も動かした。函館市史によれば、函館山のふもとにあった奉行所は亀田の地区に移された。
外国人が山に登れば、町や役所の様子まで見下ろされてしまうことを警戒してのことと見られている。この移転のために築かれたのが五稜郭である。
函館市中央図書館によれば、五稜郭の工事は1857年に始まり、1864年にほぼ完成し、すべてが終わったのは1866年だった。西洋式の土塁は、中世ヨーロッパの城塞都市を参考に、武田斐三郎が考え設計した。
市史は、こうして町が港に近い西部地区と、新しい五稜郭地区の二つに分かれたと説明する。この形は長くは続かなかった。五稜郭は明治元年(1868年)10月(旧暦)に旧幕府の脱走軍に占拠され、翌年5月に開城するまで箱館戦争の舞台となった。
1869年、蝦夷地は北海道と改められ、箱館は今の「函館」の字になった。1871年には、北海道の開拓を担った政府の役所である開拓使が、五稜郭の中の建物の大半を取り壊した。
大火と元町の町並み
西部地区の今の町並みの形は、大火の後にできた。函館市の説明によれば、1878年と1879年(明治11年・12年)の大火の後の復興で、市街地の構造が根本から変わった。
防火線の通りとして基坂と二十間坂が幅約36メートルに広げられ、まっすぐな通りが通されて、整った碁盤の目のような街路になった。その後、街区の形はほとんど変わっていない。
その後の大火の後の復興でも、和風の民家とともに、洋風の建物や和洋折衷の建物が数多く建てられ、その多くが今も当時の姿を残している。函館市は、この地区を「函館発祥の地」と呼んでいる。
1989年、元町・末広町などの約14.5ヘクタールが、国の重要伝統的建造物群保存地区に選ばれた。地区には、重要文化財の旧函館区公会堂や函館ハリストス正教会復活聖堂があり、港の近くには煉瓦の倉庫が並ぶ。
開港の日は、記念日にもなった。1935年、市の年表で開港77年記念とされるこの年に、7月1日が開港記念日と定められ、最初の函館港まつりが開かれた。
訪れられる場所
元町の旧イギリス領事館(1913年の建物)は、今は開港記念館になっている。函館市によれば、展示室や開港の歴史を伝える展示があり、展示室の入場は有料である。訪れる前に、最新の情報を公式サイトで確認してほしい。
そのまわりの元町末広町の保存地区は、歩いてめぐることができる。港の近くの基坂から、旧函館区公会堂やハリストス正教会のあたりを通り、煉瓦の倉庫群まで下る道筋である。
内陸の五稜郭(国の特別史跡)の中には、箱館奉行所が復元されている。1985年に発掘調査が始まり、もとの庁舎のうち役所の部分を中心に復元した建物が、2010年7月29日に公開された。開館の情報は公式サイトで確認してほしい。
訪れられる場所の地図
- 北海道函館市(元町)公式サイトGoogle マップで開く
- 北海道函館市(五稜郭町)公式サイトGoogle マップで開く
印はおおよその位置です。開館日・時間は公式サイトでご確認ください。
位置と公式サイトの確認:2026年11月2日
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出典
- 函館市の概要City of Hakodate
- 函館市元町末広町伝統的建造物群保存地区の概要City of Hakodate
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 序章 第3節 3「箱館における貿易開始の体制」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 序章 第3節 3「貿易の概況」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 序章 第4節 1「外国人の居留」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 序章 第4節 1「米・露・英の領事」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 第3章 第1節 1「外国人居留地の性格」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 第3章 第1節 1「開港による市街の二分化」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館市史 通説編第2巻 第4編 第12章「函館開港とキリスト教」函館市(函館市地域史料アーカイブ、ADEAC)
- 函館税関の沿革と機構函館税関(財務省)
- 旧イギリス領事館文化庁 文化遺産オンライン(解説:函館市教育委員会生涯学習部文化財課)
- 旧イギリス領事館(開港記念館)函館市
- 箱館奉行所(パスファインダー)函館市中央図書館
